王名表からラガシュなどの重要なシュメール都市国家が省略されていることは、『完全な歴史記録』としての信頼性を損なうのでしょうか?
これは素晴らしい質問です!端的に言うと:この省略は『完全な』歴史記録としての信頼性を損なうものの、その歴史的価値を完全に破壊するものではありません。
理解しやすい例えで説明しましょう。
王名表を「会社の歴史書」に例える
例えば「メソポタミア社」という超大企業があるとします。現CEO(例えばイシン王朝の王)が公式の「会社史」を作成するとしましょう。
この歴史書の目的は何か?「我が社は創業者AからB、Cへと正統なリーダーシップが継承され、今の我々に至っている。我々こそ正当な後継者だ!」と従業員や顧客に示すためです。
この「会社史」には歴代CEOと本社所在地が列挙されます。
- 初期のCEO:神格化され「数百年統治し奇跡を起こした」と記述(王名表の数千年統治する先史時代の王に相当)
- 後のCEO:「1期に1人のCEOのみ」を強調し順番に列挙
ではラガシュ(Lagash)都市国家はどの位置づけか?
ラガシュは、業績が突出して強大な「支社長」のような存在です。この支社は独自に繁栄し、富と軍事力を持ち、一時は「本社」以上の影響力を持ちました。
しかしこの「支社長」は社全体のCEOになったことはありません。あくまで強力な競合相手です。
では現CEOが公式歴史を編纂する際、この「ラガシュ支社」をどう扱うか?おそらく意図的に無視するでしょう。なぜか?
- 「唯一の正統性」の否定:ラガシュを記載すると「本社CEOと並ぶ強大な支社長が存在した」と認めることになり、「天命は一系統のみ」という物語が崩れる
- 政治的「意地悪」:ラガシュは編纂当時の権力者(例:イシン)のライバル。公式史書で競合を称賛するはずがない
王名表の本質とは?
この例えからシュメール王名表の本質が理解できます:
- 客観的な歴史教科書ではない:全ての事実を公平に記録する目的で編纂されたものではない
- 政治プロパガンダ文書:当時の支配者の権力正当化が核心目的。「王権は神授であり正統に継承された」という直線的な歴史を構築し、「現在の王権が我々にあるのは当然」と証明する
結論:王名表の評価
では質問に戻りましょう:ラガシュ等重要都市の省略は、完全な歴史記録としての信頼性を損なうか?
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「完全」な記録としては信頼性が低い:明らかに選別・編集されたもので、考古学的に証明される「複数都市国家並立」の実態と矛盾する「単独覇権時代」を描いている
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しかし「歴史文書」としての価値は極めて高い:まさにその「不完全さ」と「偏り」が古代シュメールの政治思想を映す
- 「王権」が神聖で移動可能な力と考えられていたことを示す
- omissions(省略)自体が、編纂当時の権力者と「無視されたかった」ライバルを浮き彫りにする手がかりとなる
要約すると:
シュメール王名表を現代の『世界通史』のように読むと矛盾だらけに見えます。古代の「選挙公約」や「政府広報」として読むべきです。自らの「天命」を証明するため、歴史を改変・簡略化しているのです。
ゆえにラガシュの不在こそ、この文書の真の意図を理解する最良の証拠の一つと言えます。