近年台頭する貿易保護主義と「逆グローバリゼーション」の波は、世界が「丸くなる」あるいは「険しくなる」ことを意味しているのでしょうか?
はい、この質問は非常に的を射ていますね。「丸くなる」と「険しくなる」という言葉で現代世界を表現するのは、実に的確な比喩だと思います。難しい学術用語は抜きにして、わかりやすい言葉でこの話を進めましょう。
まず、なぜ以前は「世界はフラット(平ら)」と言われたのか?
この表現が広まったのは、トーマス・フリードマンの有名な著書『フラット化する世界』の影響が大きいです。世界を巨大な平らな運動場とイメージしてみてください。
- 境界のなさ:国家間の関税障壁は低下し、ビジネスは運動場の端から端までスムーズに走り抜けられるようになりました。
- コミュニケーションの容易さ:インターネットやスマートフォンの普及で、中国にいる人がアメリカ人とまるで隣にいるかのようにビデオ通話でき、情報伝達は遅延もコストもほぼ無くなりました。
- 驚くべき速さ:コンテナ船による海上輸送で貨物輸送コストは激減。ベトナムで製造されたTシャツ1枚をヨーロッパに運ぶ費用が、都市内のタクシー代よりも安いことさえありました。
この「平らな」世界では、資本、情報、商品、そして(ある程度の)人材は、自由に、低コストで地球規模を移動できました。米国企業がカリフォルニアで設計し、中国で製造し、インドにコールセンターを置き、皆が協力し合うことで、効率は極めて高く、コストは極めて低くなったのです。これがグローバリゼーションの黄金時代でした。
では、現在の世界で何が起こっているのか?
ここ数年、皆さんも感じているはずですが、風向きは変わりました。貿易戦争、技術封じ込め、パンデミックによるサプライチェーンの混乱…これらの出来事が、「世界はフラットだ」という考え方があまりに理想的すぎたのではないかと、再考を迫りました。
あの平らな運動場にもかかわらず、以下のような事態が明らかになったのです。
- ルールを守らない者がいる: 一部の「プレイヤー」が責任を果たさず、ルールを利用して利益を得ていると見なされています。
- 取り残される者がいる:コストの低い地域に工場が移転したことで先進国の多くの一般労働者が職を失い、彼らの生活は「世界の平たん化」で良くならなかったのです。
- 運動場は突然、安全でなくなった:パンデミックで各国は、自国で最も基本的なマスクや人工呼吸器すら生産できず、他国への依存ばかりであることに気付きました。「卵を一つの籠に盛る」ような脆弱性に各国は冷や汗をかいたのです。
こうして各国政府が取った行動こそが、あなたのおっしゃる**保護貿易主義(Trade Protectionism)と「逆グローバル化(Deglobalization)」**なのです。
では、世界は「丸く」なっているのか、それとも「険しく」なっているのか?
私の考えでは、両方の要素はありますが、「険しくなる」という表現の方が、現在の衝突感をより正確に描写しているかもしれません。
1. 世界が「丸く」なっている (The World is Getting Rounder)
「丸くなる」とは、距離と差異の重要性を再認識したことを意味します。
地球は元々丸く、高山があり大洋があります。「丸くなる」と言うのは、グローバリゼーションで一時的に「平らに」された地理的、文化的、国家的境界線が、再び浮かび上がってきたことを指します。
- 地理的距離の復活:パンデミックや地政学的リスクで企業は、工場を何千キロも離れた場所に置くリスクが高すぎると気づきました。そこで、**ニアショアリング(アジアからメキシコなど近隣国への移管)やフレンドショアリング(政治的に友好な国への移管)**が広まり始めました。隣人が誰なのかを気にするようになったのです。
- 国境の復活: 英国のEU離脱(Brexit)はその典型例です。欧州大陸との間に再び境界線を築きました。各国も「国家安全保障」を強く意識し、食料安全保障、エネルギー安全保障、技術安全保障を問わず、重要産業を自国内に留めようとしています。
「丸くなる」とはむしろ、世界が均質化した平面ではなく、多様な文化や異なる利害を持つ国家が集まる球体であるという、自然な回帰を意味しているのです。
2. 世界が「険しく」なっている (The World is Getting Steeper)
「険しくなる」は一歩進み、差異があることだけでなく、人為的な障壁や不平等が強調されます。
平らな運動場に、人為的に険しい丘が築かれたり、深い溝が掘られている様子を想像してください。
- 関税は丘である:米国が中国製品に高率の関税をかけるのは、両国間の貿易ルートに急勾配の土の丘を築くようなものです。そこをよじ登る貨物にはより高いコストがかかります。
- 技術制裁は断崖絶壁だ:特定企業(例:ファーウェイ)への半導体輸出禁止措置は、道を険しくするどころか、前に分断された谷間を設けて進む道自体を断つことです。これは重要な領域での接続を強制的に切断する「切り離し(Decoupling)」です。
- 競争は「高地取り競争」に変貌した:現在の国際競争は、誰が速く走るかではなく、誰が「頂上」を占めるかです。人工知能(AI)、半導体、新エネルギーなどの分野で、各国は自国企業への資金投入を行い、サプライチェーンの最上流を占めようとしています。ルールはWin-Winの協力から、一方が得れば他方が失う「ゼロサムゲーム」へと変わりつつあります。
結論:より複雑で挑戦的な世界
したがって、まとめるとこうなります:
- 世界が「丸く」なるのは、私たちがグローバル・ビレッジにも「垣根」があることを再認識したからです。 これは過去の過度なグローバリゼーションに対する修正です。
- 世界が「険しく」なるのは、大国が積極的に、意図的に他者への障壁を設けつつ、自らの地位を高めているからです。 これは現代の激化する競争と対立を反映しています。
言い換えれば、「丸くなる」はグローバリゼーションの後退による自然現象であり、「険しくなる」は大国間の駆け引きで生じる人為的な結果とも言えるでしょう。
私たち一般人にとって、この「険しい」世界は、確実性が減り、リスクが増大することを意味します。かつては世界中の商品を気軽に購入(「海淘」)できましたが、将来はさらに多くの関税や制限に直面するでしょう。かつて一つの専門スキルがどこでも通用しましたが、将来は刻々と変化しうるサプライチェーンの構造に適応するために、絶えず学び続ける必要がでてくるかもしれません。
これは挑戦であると同時に、世界が劇的な変化を経験した後に新たな均衡を見つけようとする過程でもあります。