「賢い人でも愚かなことをする」——チャーリー・マンガーは、このパラドックスをどのように分析したのでしょうか?
「賢い人間も愚かなことをする」:チャーリー・マンガーの深層分析
チャーリー・マンガーは「賢い人間が愚かなことをする」という一見矛盾した現象を、稀な事故ではなく人間の心理メカニズムが作用した必然的な結果と捉えている。彼は知能指数(IQ)の観点ではなく、行動心理学と認知バイアスの観点から体系的な分析を行った。その核心思想は彼の有名な講演『人間の誤った判断の心理学』(The Psychology of Human Misjudgment)に集約されている。
マンガーの分析は以下の核心ポイントに要約できる:
1. 問題の根源:生来の心理的傾向
マンガーは、人類の脳が長い進化の過程で生存するために、一連の精神的ショートカット(mental shortcuts)、すなわち「心理的傾向」を発達させたと指摘する。これらの傾向はほとんどの場合効率的で有用だが、現代の複雑な金融・ビジネス・社会環境では、体系的に重大な過ちを引き起こす。
重要なのは、これらの傾向が普遍的であり、知能の高低とは無関係である点だ。IQ160の物理学の天才も、自身の認知範囲を超えた複雑な意思決定に直面した時、同様にこれらの心理的傾向に支配される。賢い人間は自身の専門分野で大きな成功を収めたがゆえに、他の分野におけるこれらの心理的傾向の影響を過小評価しがちである。
2. 致命的な触媒:「ロラパルーザ効果」
これはマンガーの思想において最も洞察に富む部分であり、「賢い人間がなぜ極端に愚かな行動を取るのか」に対する最終的な説明である。
ロラパルーザ効果(マンガーの造語。「究極的、非凡な効果」の意)とは:複数の心理的傾向が同時に同一方向に作用した時、その合成される力は単純な線形的加算ではなく、核爆発のような非線形の巨大な合力を生み出し、個人や集団が極端に非合理的な行動を取らせることを指す。
賢い投資家は一、二つのバイアスの誘惑には抵抗できるかもしれない。しかし三つ、四つ、五つのバイアスが巧妙に組み合わさった時、彼の理性的防壁は瞬時に崩壊する。
典型的な例:公開競売 賢い人物が競売会場に入り、当初は花瓶を1000円で購入するつもりだった。なぜ彼は最終的に5000円を支払うのか?
- 同調傾向 (Social-Proof Tendency):尊敬される他の入札者も価格提示しているのを見て、「これは確かに価値があるに違いない」と考える。
- コミットメントと一貫性の傾向 (Commitment and Consistency Tendency):一度入札を始めると「戦闘モード」に入り、行動の一貫性を保つために値上げを続ける。途中で放棄することは認知的不協和を引き起こす。
- 希少性/剥奪性過剰反応傾向 (Deprival-Superreaction Tendency):花瓶を「まもなく手に入れる」と感じた時、それを失う苦痛(他人に落札される)が異常に強烈になり、「喪失」への恐怖は「獲得」への欲求をはるかに上回る。
- 対比錯誤反応傾向 (Contrast-Misreaction Tendency):値上げ幅(例:100円)は既に提示された高額(例:4000円)と比べて取るに足らず、「もう少しなら大したことない」と感じさせる。
これら四つの傾向が重なり合い、強力なロラパルーザ効果を形成する。計算高い賢い人物でさえ、正気であれば決して取らない愚かな行動を取らせるには十分である。
3. 特に賢い人間が「陥りやすい」バイアス
マンガーが指摘した25の心理的傾向の中で、賢い人間にとって特に危険な「罠」は以下の通り:
- 過信傾向 (Overconfidence Tendency):賢い人間は過去の成功ゆえに自身の判断力を過度に信頼し、リスクを過小評価し、反証を無視しがちである。「自分は他人より賢いから、こんな低次元な過ちは犯さない」と考えてしまう。
- 権威誤導傾向 (Authority-Misinfluence Tendency):賢い人間は大衆に盲従しなくとも、自身の分野の「権威」を非常に信頼する場合がある。もしその権威人物(ノーベル賞受賞者など)が専門外の分野で誤った発言をしても、多くの賢い人間は無条件に追随してしまう。
- 不一致回避傾向 (Inconsistency-Avoidance Tendency):人間は賢ければ賢いほど、その観念や理論体系はより強固で首尾一貫している。これにより、自身の既存の観念と矛盾する新たな証拠に直面した時、過ちを認め考えを改めることがより困難になる。「常に正しい」というイメージを守るため、明らかな事実さえ拒否する可能性がある。
- インセンティブ過敏傾向 (Incentive-Caused Bias):「インセンティブを見せてくれれば、結果をお見せしよう」。マンガーはインセンティブが行動を駆動する最も強力な力の一つだと考える。高潔な賢い人間でさえ、強力なインセンティブ(高額報酬、昇進機会など)の前では、意図的あるいは無意識に歪んだ、愚かな、あるいは不道徳な意思決定を行い、それに合理的な言い訳を付ける可能性がある。
4. マンガーの処方箋:愚かさを回避するには?
マンガーは、遺伝子に根ざしたこれらの心理的傾向を除去することは不可能だが、後天的な訓練によってそれらを認識し意識的に抵抗できると考える。彼の「処方箋」はより「賢く」なることではなく、より「愚かでなく」なる努力である。
- 「格子状モデル」思考の構築 (Latticework of Mental Models):専門分野の知識だけで世界を見てはならない。異なる学問分野(心理学、物理学、生物学、歴史学など)の核心的な思考モデルを学び習得する必要がある。これにより問題に直面した時、単一モデルの罠に陥ることなく、複数の次元から検討できるようになる。
- チェックリストの活用 (Checklists):重大な意思決定の前には、パイロットが離陸前にするように、一般的な認知バイアスを列挙したチェックリストを取り出し、自身の意思決定プロセスがこれらのバイアスの影響を受けていないか一つずつ確認する。これは強制的・体系的な内省ツールである。
- 逆転思考 (Invert, always invert):「どうすれば成功できるか?」と考えるより、「何が徹底的な失敗を招くか?」と逆に問いかける。愚かさと災いを引き起こす可能性のある全ての要素を特定し避けることで、自然と成功への道を歩むことになる。
- 謙虚さと客観性の維持:常に自分が間違っている可能性を想定し、自身の考えを反証できる証拠を積極的に探す。異論を恐れずに唱えてくれる人々と共に行動する。
結論
マンガーにとって、「賢い人間が愚かなことをする」というパラドックスが成立するのは、意思決定の質が完全にIQに依存するのではなく、意思決定者が自らの内なる心理的傾向を制御できるかどうかに大きく依存するためである。賢い人間は過信と思考の慣性ゆえに、時にこれらの強力な心理的力の虜となりやすく、特に複数のバイアスが連動する「ロラパルーザ効果」の前ではなおさらである。したがって、真の知恵とは卓越した才能を持つことではなく、愚かさを体系的に回避できる思考フレームワークと行動習慣を構築することにある。