チャーリー・マンガーは、企業の意思決定における「インセンティブによるバイアス」の弊害をどのように定義していますか?

Frithjof B.Eng.
Frithjof B.Eng.
Retired business owner applying Munger's principles.

チャーリー・マンガーが語る「インセンティブ起因バイアス」と企業意思決定への弊害

チャーリー・マンガーは、「インセンティブ起因バイアス」(Incentive-Caused Bias)を、人間の認知において最も強力で警戒すべきバイアスの一つと位置付けている。彼は、インセンティブ制度が単なる行動への影響要因ではなく、認知を歪め、道徳を覆し、最終的には企業に破滅的な意思決定をもたらす「超常的な力」であると考える。

マンガーの有名な言葉がこの核心思想を的確に要約している:「インセンティブを見せよ。そうすれば結果を示そう。」(Show me the incentive and I will show you the outcome.)

彼は以下の観点から、このバイアスが企業意思決定に及ぼす甚大な弊害を論じている:


1. 認知と判断の歪み (Distortion of Cognition and Judgment)

マンガーは、インセンティブ起因バイアスの最も陰険な点は、人々の見解や信念を知らず知らずのうちに変えてしまうことにあると指摘する。ある行動によって多額の報酬を得た場合、その人物の脳は自動的にその行動を正当化し、心の底からその行動が正しく、賢明で、論理的であると信じ込むようになる。

  • 「ハンマーを持つ人間」傾向の増幅:マンガーはよく「ハンマーを持つ人間はすべてを釘と見る」と言う。インセンティブ制度はその最強の「ハンマー」である。もしコンサルタントの収入が、自身が推奨する金融商品の販売量に完全に依存しているなら、そのコンサルタントの目には、顧客のあらゆる問題がそれらの商品を購入することで解決できるように映る。彼は意識的に欺いているわけではない。彼の認知はインセンティブ制度によって形作られ、提供するソリューションが最善の選択だと心から信じているのだ。
  • 事実への盲目:事実が個人の利益(インセンティブ)と衝突する場合、人々は無意識のうちにその事実を無視し、曲解し、あるいは否定する。短期株価に連動したボーナスを受け取る経営陣は、長期的なリスクを示すネガティブなデータに目を向けず、事態を糊塗し、短期株価には有利だが企業の将来を損なう意思決定を下す可能性がある。

2. 道徳と文化の浸食 (Erosion of Morality and Culture)

これはインセンティブ起因バイアスがもたらす最も破壊的な弊害の一つである。企業のインセンティブ制度が誤った行動を報いる場合、それは組織的に企業の道徳的風土と企業文化を腐敗させる。

  • 「衣食足りて礼節を知る」:マンガーはこのドイツの諺を引用し、人々の行動や立場は、利益をもたらす側に必然的に偏ることを説明する。企業において、営業担当者の歩合が売上高のみに連動し、利益率や顧客満足度と無関係であるならば、彼らは(過剰な値引き、誇大広告、不適切な商品の販売など)あらゆる手段を使って取引を成立させようとする。このような行動がインセンティブ制度によって奨励されると、それは常態化し、誠実さや正直さはむしろ「愚か」と見なされるようになる。
  • 個別から組織的な腐敗へ:欠陥のあるインセンティブ制度はウイルスのように拡散する。例えば、ウェルズ・ファーゴ銀行(Wells Fargo)のクロスセル(他商品販売)スキャンダルでは、銀行が現場従業員に非現実的な販売ノルマを課し、それが彼らの職務とボーナスに直結していた。この巨大なプレッシャーとインセンティブが最終的に、従業員による顧客口座の大規模な不正開設を引き起こした。これは数人の従業員の道徳的退廃ではなく、インセンティブ制度そのものが生み出した組織的な不正行為であった。

3. 短期的行動と資源の誤配分を招く (Causing Short-Termism and Misallocation of Resources)

企業の目標は長期的かつ持続可能な価値の成長にある。しかし、誤ったインセンティブ制度は、往々にして経営者や従業員を短期的利益の追求へと導き、深刻な資源の誤配分を引き起こす。

  • 長期的利益の犠牲:CEOの巨額のボーナスが当年度の利益(EPS)に依存している場合、彼は当期の業績を良く見せるために、研究開発、ブランド構築、従業員研修など、企業の将来にとって極めて重要な長期的投資を削減するかもしれない。この行為は「喉が渇いたからといって塩水を飲む」ようなものだ。
  • 高リスクM&Aの助長:投資銀行家は取引規模に応じて手数料を得るため、それが顧客企業にとって真に価値を生むかどうかに関わらず、可能な限り大きなM&A案件を成立させようとインセンティブが働く。数多くの失敗した巨額M&Aの背景には、インセンティブ起因バイアスの影が見え隠れしている。

4. システミック・リスクを生み出す (Breeding Systemic Risk)

業界全体が同様の欠陥のあるインセンティブ制度を採用した場合、その弊害は単一企業から経済システム全体へと拡大する。

  • 2008年金融危機:マンガーは、この危機は「インセンティブ起因バイアス」の完璧な教科書的ケースであると考える。住宅ローンブローカーは融資の質に関係なく融資件数に応じて報酬を得たため、返済能力のない者への融資(サブプライムローン)を促した。格付け機関は格付けした金融商品の数に応じて手数料を得たため、高リスク商品にAAA格を与えるインセンティブが働いた。連鎖のあらゆる段階が誤ったインセンティブに駆動され、最終的に世界的な金融災害を引き起こしたのである。

マンガーの対策と警告

このバイアスに対抗するため、マンガーは以下の提言を行っている:

  1. インセンティブ制度の慎重な設計:インセンティブ制度が、単純な代理指標(売上高、株価など)ではなく、企業が真に望む結果(長期的利益、顧客満足度、製品品質など)と完全に整合するよう設計する。
  2. 抑制と均衡(チェック・アンド・バランス)システムの構築:制度の恩恵を受ける者だけがその設計と運用を完全に掌握することを決して許してはならない。独立した監査、リスク管理、監督部門による抑制と均衡が必要である。
  3. 「逆張り思考」の活用:システムを設計する際、まず逆に考える:「もしこの会社を完全に潰したいなら、どうインセンティブ制度を設計すべきか?」。この最悪のシナリオを特定し回避することで、より堅牢なシステムを設計できる。
  4. 文化と信頼の強調:信頼と誠実さに基づく強力な企業文化は、不良なインセンティブに対する最後の防衛線となり得る。

要約すると、マンガーにとって「インセンティブ起因バイアス」は単純な心理学の概念などではなく、ビジネスの世界の成否を駆動する根本的な力である。企業の経営者がこのインセンティブの力を過小評価したり無視したりすることは、計器盤のない飛行機を操縦するようなものであり、最終的には利益によって歪められた意思決定によって破滅的な結果を招くことは必然である。